FC2ブログ

銀座ワシントン靴店の有明工場に潜入!バーゲンの真っ最中でした!

2017121801.jpg

 諏訪から安曇野にかけての一帯には、EPSONVAIO黒田精工など精密機器メーカーの工場が点在しています。

 晴天率が高く、乾燥した空気が精密機械の製造に適しているという話を聞いたことがあります。

 また、太平洋戦争中、大都市の空襲を逃れて工場を疎開した企業も少なくないようです。

 安曇野をクルマで走っていると、煙突のない低層の工場が田んぼや畑の間にポツポツ目に入ります。

 きっとここでも精密機械を作っているんだろうな、などと思って通り過ぎるのですが、先日、そんな工場のひとつがお祭りめいた赤いノボリを何本も立てているのに出くわしました。

2017121802.jpg

 徐行して様子を見ると、地元ナンバーの乗用車がひっきりなしに出入りしています。

2017121803.jpg

 気になって思わずハンドルを工場のほうへ切りました。
株式会社
ワシントン靴店
有明工場

2017121804.jpg

 なんと!精密機械メーカーじゃなくて靴メーカーの工場じゃないですか。

 銀座ワシントン靴店といえば、老舗の高級国産婦人靴メーカー。その工場が安曇野にあるとは、寡聞ながら知りませんでした。
 
銀座ワシントン靴店
お買得セール

 赤いノボリに白字でそう抜いてあります。どうやら地元還元の工場セールを絶賛開催中らしいのです。

 ただの通りすがりで招待状1枚ありませんが、ずうずうしくもクルマを乗り入れました。

 広い敷地内に、大昔のカマボコ兵舎みたいな平屋の建物が並んでいます。相当古ぼけていますが、手入れは行き届いているようです。

2017121805.jpg

 クルマを停めて、紅白の横断幕を張った建物のひとつに入りました。ノーチェックで入場させてくれました。

2017121806.jpg

2017121807.jpg

 だだっ広い会場内に、所狭しと靴が並んでいます。大半は靴やバッグなどいずれも婦人物。紳士靴と子供靴は申し訳程度に置かれていました。

2017121808.jpg

 セールとは言っても、もともとそれなりのお値段の靴ばかりです。千円単位の商品はほとんど見当たりません。

 値札を見て、ため息混じりに商品を棚に戻すお客さんが結構、目に付きました。

2017121809.jpg

 勢い込んで冷やかしに入った私たちも、婦人靴を1足購入しておしまい。それでも、ちょっと得した気分で会場を後にしました。

2017121810.jpg

 ネットで調べたら、ワシントン靴店の創業者で実業家の東條たかし氏が安曇野・旧東穂高村の出身なんだそうです。

 この工場は終戦の年、昭和20年に建てられました。

 やっぱり、地元還元の歳末セールだったんですね。ワシントン靴店さん、ありがとうございました!


人気ブログランキングへ  にほんブログ村 ライフスタイルブログ 古民家暮らしへ  にほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 安曇野情報へ  
ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。



  



テーマ : 信州
ジャンル : 地域情報

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

あそこは

入って解ったと思いますが、すでに工場は閉鎖されていて
稼働はしていません。取り壊さず建屋を保存しています。


 また、EPSONは旧名 信州精機 といいまして諏訪セイコー
の別れです。
岡谷諏訪が精密工業の本家で、今でも光学機器メーカーが有り
たまたまこちらに来たわけで安曇平は全くの論外です。
 もどりますが、EPSONは本社が諏訪にあり、塩尻市の広丘や村井、
そして松本の島内にあったセイコーです。
 島内の工場は閉鎖して広大な敷地を宅地にしてしまいましたが、
豊科にあるあとから建てた工場に統合しました。
元々半導体工場で、波乱な経過を辿った経緯がありますが、
現在は1000人規模で落ち着いています。

VAIOは昔全く違った会社で 東洋通信 という会社でした。
たまたまソニーの下請けをしていて、同社のコンポーネントステレオを
作っていました。
ちなみに 池田にある某工場はスピーカーを作っていました。
 その後sonyの傘下となって、統合され、これまた幾度も社名変更があり、
現在に至っています。

 黒田精工なんてのは精密の分野に入りません、時計や光学機器
に比べたら全くを持って論外です。

 確かに安曇平の工業製品出荷額は長野県一番ですが、その理由は
昔名もない工場だったのを一部上場企業が子会社化して操業している
のが大きな理由です。
まぁ調べてみてください、一部上場企業の工場が名を連ねています。

 元々長野県は精密工業が盛んで、東信に行けば ミヨタ「時計内のムーブメント」 やシチズンの工場があります。
 また、CNCと操作経験者さえいれば精密機械工業なんぞ即できるわけで、北朝鮮もCNC機器とオペレーターを入手できたため
高性能兵器を大量に生産できるようになったと言われています。
 ちなみに池田の某、機械工場の社長も 名古屋の大隈にいて
こちらにIターンした人物です。

 戦争疎開の当時の工場名で稼働しているところはは殆どありません、
40年くらい前はその会社の建て屋を引き継いで関係ない他の会社が操業しています。
今でも残っているのは岡谷の岡谷電機(ロダン)、上田や長野の日本無線くらいなものです。

Re: あそこは

> 入って解ったと思いますが、すでに工場は閉鎖されていて
> 稼働はしていません。取り壊さず建屋を保存しています。

そうだったんですね! 道理でがらんとした印象でした。
いろいろ教えていただき、ありがとうございます!
プロフィール

あづみ

Author:あづみ


都会から安曇野の古民家に親子3人で移住しました。夏涼しく、冬は想像を絶する寒さですが、ハラを括って暮らせば何とかなるものです。

その後、縁あって畑付きの田舎家をゲット。現在は山中の古民家と里の家とを行き来する日々です。

安曇野に興味のある方、また古民家に暮らしたいと思っていらっしゃる方、よろしかったらお立ち寄りください。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
畑 (0)
ブログランキング
ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。
人気ブログランキングへ

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 古民家暮らしへ

にほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 安曇野情報へ
本文検索キーワード
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR