あんまり寒くて肺炎になっちゃいました!

はめ殺し窓。障子紙1枚です
「古民家は夏涼しく、冬寒い」の項でも書きましたが、我が家は冬の間、氷室(ひむろ)と化します。室温は外気温よりつねに5度ぐらい低く、火の気がないと1分たりともじっとしていられません。
たとえ火の気があったとしても、ちっとも暖かくはありません。いや、暖かくないどころか「寒いまんま」です。
ストーブをどんどん焚いたところで暖気は吹き抜け天井を這い上って、屋根裏に開いた煙抜きの穴からあらかた出ていってしまいます。
囲炉裏に火を熾してみても、暖まるのは体の前半分だけ。天井から吹き下ろす寒風が情け容赦なく背中に当たって、後ろ半分はカチンカチンに冷え切ってしまいます。
閉め切った家の中を北風が吹き抜けるというのは、生まれて初めての体験でした。
それもそのはずで、引っ越した当座の我が家は文字どおりの「素通し」。2階の南側の窓10枚が、すべて障子1枚だったのです。
雨戸もガラス戸もありません。障子1枚で家の内外を仕切ってあったのです。軒が深いため雨に打たれることはないのですが、なにしろ障子紙ですから風は常時、室内に吹き込んできます。
それ以外の窓には一応、ガラスが入っていました。しかし、こちらも経時変化で建具や桟などあちこちに歪みが出ていて、隙間風がビュービューと、それこそあらゆる方向から侵入してきます。
さらにリビングルームとして使おうと思った板の間は、よくよく観察すると床板が1枚きり。板と板の継ぎ目から地面が見えるところさえありました。
元々、和室だったのを、前のオーナーさんが畳を剥がして洋間として使っていたらしいのです。ですから地表を伝って流れてきた安曇野の冷気が、節穴を潜って冷泉のように湧き出してくるのです。

屋根裏から風の吹き込む隙間には、
ビニールシートを張ってみました
初めのうちは私たちも先人を想い、我慢して暮らしていました。ヒートテックの上下にフリースの上下を2枚重ねにして、靴下も2重に履きます。その上にセーターか半纏かウインドブレーカーを着て、耳あて付きの毛糸の帽子を被ります。
家の中だというのに手袋も欠かせません。襟巻きもします。
そんな真冬の天体観測のような格好で、
「これが古民家暮らしというものだ。気合いだ!気合いだ!気合いだ!」
と、いま思い返せば何ら根拠のない理屈をこねくりまわし、自分たちを鼓舞していました。
そのうち家族のひとりがヘンな咳をするようになり、やがて高熱を発しました。お医者様に診てもらってびっくり。なんと肺炎になっていたのです。
「ダメだ! このままでは凍死してしまう!」
こういう時、元・都会モンは軟弱極まりありません。「ベニスに死す」ならぬ「安曇野に死す」が、にわかに現実味を帯びてきました。
慌てて先にリフォームをお願いした工務店に駆け込み、防寒対策の緊急工事を頼みました。2階の窓にサッシを入れ、また剥き出しの板の間には断熱材を敷いたうえでフローリングを施しました。家のあちこちに見つかった隙間は、自分たちで補修しました。

2階の窓も障子1枚だったので……

急遽、サッシを入れました

板と板の継ぎ目から地面が見えていたので……

断熱材を敷いてフローリングを施しました
さいわい肺炎は完治し、安曇野の寒さにも多少、体が慣れてきたようです。
しかし家のほうはなんだかんだと修繕箇所が多く、マヌケなことに工事がすべて終わったのは夏が過ぎてからでした。
つまり、今年の冬が改修後、初めて迎える本格的な冬季というわけです。果たして寒さはいくらか解消されたのでしょうか? まだ楽観はできません。
とはいえ、肺炎だけは何としても御免被りたいものです。

ブログランキングに参加しています。クリックをお願いします。