「五徳」は徳が高い? それとも呪いの冠なの?
自在鉤と並んで囲炉裏になくてはならないのが「五徳(ごとく)」です。多くは3本脚ですが、4本脚のものもあります。
我が家では、年代物の頑丈な五徳のほか、もともと長火鉢に使われていた小ぶりな五徳と、ひょうたん型のユーモラスな形をした4本脚のものを3つ、使い分けています。

我が家の五徳たち
自在鉤に鍋を吊って、隣で湯を沸かす時などに五徳は重宝します。焼き物を作る時には2つ並行に置いて金網を渡し、魚やステーキを焼くのに使ったりもします。
先ほど脚は3~4本と書きましたが、5本のものは見たことがありません。たぶん存在しないんじゃなかと思います。
なのに「五徳」という名前がついているのは、なぜでしょうか?
「五徳」というのは、儒教の「五常の徳」の略称で「仁」「義」「礼」「知」「信」の五つの徳を指します。その「五徳」が、どうしてほとんど3本脚でまれに4本脚ってこともあるが5本ってことはない調理器具の名前に転じたのでしょう?
いろいろ調べてみましたが、民俗学の世界でも「よくわからないこと」のひとつらしいのです。
五徳と命名される以前は「かなわ(鉄輪)」と呼ばれていたそうで、これならすっきりします。
さらにフシギなのは、徳の高い名前を付けられたはずの五徳が、あろうことかあの「丑の刻参り(うしのこくまいり)」では、ロウソクを立てて頭上に被る“恐怖の冠”として使われることです。
鎌倉時代にはすでにこのスタイルが定着し、宇治の橋姫という異常に嫉妬深い公卿の娘が、鞍馬山の麓の貴船神社に籠って鉄輪を頭上に戴き、3本の脚に松明を灯して両端に火をつけた松明を口にくわえて恋敵を呪い、ついに生きながら鬼になったという話が伝わっています。

妖怪画の巨匠・鳥山石燕が描いた
「丑時参(うしのときまいり)」
(『今昔画図続百鬼』1779年より)
正邪いずれにしても、五徳には何らかの“パワー”が潜んでいるのでしょう。疎かには扱えませんね。

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我が家では、年代物の頑丈な五徳のほか、もともと長火鉢に使われていた小ぶりな五徳と、ひょうたん型のユーモラスな形をした4本脚のものを3つ、使い分けています。

我が家の五徳たち
自在鉤に鍋を吊って、隣で湯を沸かす時などに五徳は重宝します。焼き物を作る時には2つ並行に置いて金網を渡し、魚やステーキを焼くのに使ったりもします。
先ほど脚は3~4本と書きましたが、5本のものは見たことがありません。たぶん存在しないんじゃなかと思います。
なのに「五徳」という名前がついているのは、なぜでしょうか?
「五徳」というのは、儒教の「五常の徳」の略称で「仁」「義」「礼」「知」「信」の五つの徳を指します。その「五徳」が、どうしてほとんど3本脚でまれに4本脚ってこともあるが5本ってことはない調理器具の名前に転じたのでしょう?
いろいろ調べてみましたが、民俗学の世界でも「よくわからないこと」のひとつらしいのです。
五徳と命名される以前は「かなわ(鉄輪)」と呼ばれていたそうで、これならすっきりします。
さらにフシギなのは、徳の高い名前を付けられたはずの五徳が、あろうことかあの「丑の刻参り(うしのこくまいり)」では、ロウソクを立てて頭上に被る“恐怖の冠”として使われることです。
鎌倉時代にはすでにこのスタイルが定着し、宇治の橋姫という異常に嫉妬深い公卿の娘が、鞍馬山の麓の貴船神社に籠って鉄輪を頭上に戴き、3本の脚に松明を灯して両端に火をつけた松明を口にくわえて恋敵を呪い、ついに生きながら鬼になったという話が伝わっています。

妖怪画の巨匠・鳥山石燕が描いた
「丑時参(うしのときまいり)」
(『今昔画図続百鬼』1779年より)
正邪いずれにしても、五徳には何らかの“パワー”が潜んでいるのでしょう。疎かには扱えませんね。



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