一口に古民家と言ってもこんなに違う。「日本民家園」
仕事で東京に1週間ほど滞在した際のこと。川崎の郊外にある屋外型の大規模博物館「川崎市立日本民家園」に行ってきました。
ここは1967年に開園した老舗の野外ミュージアムで、居住用の古民家を中心に水車小屋や歌舞伎の舞台まで計25件の古い建物が保存・公開されています。
子供の頃、親に連れられて遠足気分で出かけたことがありますが、当時はまだ展示中の建物が10軒程度しかなく、空き地が目立っていました。
その後、全国各地の重要文化財クラスの貴重な古民家が解体され、続々運ばれてきたんですね。
今では約180万平方メートルの敷地に「東北の村」「信越の村」などエリアに分かれて、主に東日本の各地域を代表する民家が、新築当時の姿に忠実に再生され所狭しと建ち並んでいます。
平日の昼下がり。訪れる人はまばらで、建物をひとつずつ時間をかけて観察することができました。
建物の内部を覗くと、見事な大黒柱や梁、囲炉裏や自在鉤など見どころ満載ですが、ざっと外観を見渡すだけでも家の造りに強い個性が感じられます。
いちばんわかりやすいのが屋根の勾配でしょう。
こちらは岐阜県白川郷から移設された合掌造りの古民家(旧山下家)。切り立った急傾斜の屋根には、積もる雪の深さが窺われます。
あまりに屋根に勾配をつけているため内部空間が相当、犠牲になっているのが、外見からも一目瞭然です。
一方、こちらは山梨県甲州市の古民家(旧広瀬家)。合掌造りと同じく屋根が左右2面で構成される切妻造(きりづまづくり)の建物ですが、同じ構造とは思えないほど屋根の傾斜が緩やかです。
南国風と申しましょうか、沖縄の古民家を彷彿とさせる造作です。
神奈川県秦野市の名主さんが住んでいたという農家(旧北村家)は、屋根が四方に伸びる寄棟造(よせむねづくり)で、上の2軒とは作りが違いますが、屋根の傾斜はさらに緩やか。まんが日本昔ばなしに出てくる田舎家そのまんまです。
屋根の傾斜角イコール土地の降雪量の多寡を表しているんですね。
翻って我が古民家は江戸時代に建てられた寄棟造の養蚕農家です。
藁葺きの屋根は鉄板で覆われていますが、結構、急傾斜です。近所のおサルさんもやっとの思いで上り下りしています。
傾斜角としては、
白川郷(旧山下家) > 安曇野の我が家 > 山梨県甲州市(旧広瀬家) > 神奈川県秦野市(旧北村家)
の順でしょうか。我が家は安曇野に残る古民家の中では屋根が急峻なほうだと思います。
じつはこれにはわけがあって、以前、この建物はもっと北の雪深い山あいに建っていたのを、数代前の持ち主が明治元年に解体→安曇野に再生したんですね。
現代建築と違って、時を超え場所を変えて再生可能なのが日本の伝統家屋の優れた点かもしれません。
その時々の事情に応じて、安曇野やら川崎やらどこにでも移転し甦る柔軟さが魅力です。
古民家はSDGsなんて言葉ができる遥か前から、持続可能な居住環境の実現を地で行っていたんですね。